Tweiiter of Hocuspocus_Mage The Starry Abode

自分自身をネタに弟子を笑わせる事の出来ない導師は二流である。

随分前に「ぴあ」の巻末で連載されていた大川興業総裁のコラム『金なら返せん』に書いてあった話なので真偽の程は判らないし、原文が手元にないのでうろ覚えで書くが・・・
オウムの麻原の説法は非常にユーモアに溢れたものであり、幹部一人一人の癖などを非常に的確に捉えて笑いのネタにし、いつも一般信者達を爆笑させていたそうだ。ネタにされた幹部は(洗脳が効いていたせいか)心乱すことなく平然としていたそうだが・・・そして麻原は、自分自身の事だけは絶対にネタにしなかった、との事。
大川総裁も指摘していたが、麻原に自分を笑い物に出来る度量があれば、歴史は変わっていたであろう。

罪なる言葉は「制限」。(Liber Al; I:41)

そして度量のない人間の単なる自虐的笑いも、自分自身の変革を促さず寧ろ自意識の壁の向こうに変化の芽を追いやってしまうという意味で、自分を笑わない事と同じなのだ。若い頃の自分がまさしくそうであっただけに、これについては自信を持って断言できる。

美と強さ、跳ねる笑いと快い気だるさ、力と火こそ、われらよりなるもの。
われらは見捨てられたものや、不適格者とは何の関わりもあらぬ。苦悩のうちに彼らを死なせよ。(Liber Al; II:20-21)