Tweiiter of Hocuspocus_Mage The Starry Abode

「キリスト教は邪教です!−現代語訳『アンチクリスト』(F.W.ニーチェ著、適菜収 訳、講談社+α新書)*5

恥ずかしながら今まできちんとニーチェを読んだ事が無かったのだが、この本は哲学素人でニーチェ初心者の私には大変読み易くて面白かった。
現世の権力と結びついて個々の人間の生命を脅かしその力を奪い取っていく『博愛』『平等主義』といったキリスト教的偽善に対してニーチェは異を唱え、それらに通底する『同情』を切り捨てた高貴な生き方を提唱する。
また内容もさることながら、ニーチェ現代日本に生きていたら2chの宗教板あたりでこんな風に頭の固い宗教関係者を煽っているだろう、と思わせる『超訳』が非常に面白い。この訳については賛否両方の意見があるようだが、哲学とは本来生きている人間のあり方について指針を与えるものであるのだから、現代日本人の生き方の参考になるような大衆の目線に合わせた提示の仕方として『超訳』という手段は決して間違っていないと私は思う*1
そしてニーチェが本書で述べているように、彼の言説は未だに古びていない。所謂『弱者権力』などの問題はキリスト教的近代思想が流入した20世紀の日本に於いて顕在化してきた問題である。また、訳者が例として挙げている今のアメリカ合衆国の問題だけでなく、難民・移民問題や環境問題など、近代的平等思想と現実との齟齬は今や全世界に共通の課題でもある。ニーチェの言説はそれらに対して特効薬を与える訳ではないが、問題を根底から考える為の一つの材料としての価値は充分にある。
しかしながらこの本は、読み易い本ではあっても判り易い本ではない。きちんと読みこなすにはかなりの予備知識か勉強が必要になる本である。例えば、この短い本の中ですら一見ニーチェの言説は一貫していないように見える。それはニーチェ自身の言説が定まった『真理』について語るものではなく、禅問答のような逆説によるバランス調整の役割を目指すものであるからであろう*2
従ってこの本は「さっきと書いてある事が違うやろ」とか「ホンマかいな」とか楽しくツッコミを入れながら名前の出てきた人物や思想について調べ、ニーチェの主張をじっくりと反芻しながら噛み砕いて味わって読むべき本である。読み易いからと言って鵜呑みにするのは消化不良を起こすだけであろう。
また、この本の文章はクロウリーの『法の書』の1節として挿入してもあまり違和感がない。というよりはニーチェカバラがセレマ思想の源流と言った方が良いかもしれない*3クロウリー好きな人には、彼の思想のルーツについて学ぶ上でも「キリスト教邪教です!」は必読である。

*1:もしも哲学学者達が、哲学は既に死んだ学問であり愚民共が知る必要など無い、と考えているなら勿論そのような配慮は必要ない。

*2:そのようなバランスの取れた生き方が自ら出来る人間が『超人』であると私は思う。

*3:ニーチェが発狂したのはGDが生まれた翌年の1889年であるが、語学堪能で猛烈な読書家で反キリスト教思想に飢えていた当時の文学青年クロウリーニーチェを読まなかったとは考えにくい。