Tweiiter of Hocuspocus_Mage The Starry Abode

更なる脱線

以下、思想の素人たる私の素朴な感想。
近代思想は、封建社会が形作っていた、ソレが出来た当初は意味があったが既に意味を失っていた古い境界線を明らかにし、広大な思想のアストラルデッドスペースの存在を人々に啓蒙した。
ところがそのデッドスペースの広大さ故に、逆に新たな意味のある境界線を引けなかった事が近代以降の哲学の混迷となっている、と素人の私は思うのである。
更に独断と偏見で言えば、それまでの哲学がある種のグローバルな基準を提供するものであったのに対し、自らが切り開いた近代以降の個別化と多様化の流れに乗った個々の『適応』の為の方法論を生み出すものに哲学が発展すべきであったのに、結局できなかった、という事なのではなかろうか。
思想関係の人達は、どこからどこまでが自分にとって意味のあるスペースなのかが示せないので、他人から与えられた曖昧な境界線を踏み越えようとしない。また、踏み越えなくても即座に困る事はないので認識を曖昧にしているように、思える。
そこを敢えて踏み越えて行こうとする『哲学者』や『思想家』という存在は、現代では絶滅種なのだろうか?