Tweiiter of Hocuspocus_Mage The Starry Abode

『道徳の系譜』*1/『善悪の彼岸』*2;F.W.ニーチェ著、木場深定訳:岩波文庫

ニーチェの思想については以前に『キリスト教邪教です』の書評*1で言及したのでここでは繰り返さない。しかし『道徳の系譜』のオチを読んだ時は思わず唸ってしまった。神を殺したのは、当に同情や平等の名の下に強者を引きずり下ろすキリスト教精神そのものだったのだ*2
相互に補完しあうこの2つの書物だが、私のような初心者は『道徳の系譜』を先に読む方が全体感が見えて理解が早いようだ*3
また、ニーチェの言説をナチスユダヤ人排斥に利用した、という事がしばしば言われるが、これらの本を読むとニーチェ自身は寧ろ、ユダヤ人問題を解決する為に反ユダヤ人論者を排斥せよ、と主張しているのが判る。「ユダヤ人はヨーロッパに同化したがっているので対立を煽るよりは融和を計る方が良い」という考えがユダヤ人への悪口雑言と共に語られているのは何か微笑ましい。ニーチェたんはツンデレだったのだ!しかし、現在のヨーロッパの移民問題、特にヨーロッパと同化しようとしないイスラム系移民などは、ニーチェがもしも現代に生きていたならばその目にはどう映るのだろうか?
その他、以下の3つの点で収穫があったのでメモしておく。

  1. 有名な箴言「怪物と戦う者は〜」は『善悪の彼岸』の一四六節。
  2. 道徳の系譜』第三論文の第二四節によればケイオス・マジックの標語でもある「Nothing is true. Everything is permitted.」がイスラムのアサシン起源であったこと*4
  3. 善悪の彼岸』の二六五節「〜自分と同等の資格を与えられた者が存在する事を承認する。(中略)それはあたかも、全ての星辰が通暁している本有的な天体力学の法則に従うのと同等である。」クロウリーはやっぱりニーチェを何処かで読んでいたんじゃまいか?

蛇足だが、特に『善悪の彼岸』に於いてはニーチェ先生喪男箴言が炸裂しまくりである。特にコレ。

真理ほど女にとって疎遠で、厭わしく、憎らしいものは何もない。−女の最大の技巧は虚言であり、女の最高の関心事は外見と美しさである。*5

に、ニーチェ先生!!そういう『ホント』の事はもっともったいぶってオブラートに包んで語るものですよ!!!身も蓋も無い事をハッキリ書いちゃうような性格だから喪男だったのですよ、先生は*6・・・そんな、高原の涼風のような爽やかな笑いが思わずこみ上げて来る書物、それがこの二つの著作である。

*1:http://d.hatena.ne.jp/Hocuspocus/20050925#p2

*2:ニーチェ自身は、寧ろ『民族の神』としての神を肯定している。

*3:アマゾンのレビューにもあったけど、正直『善悪の彼岸』はいきなり同じ段落の中で意味の相反する文章が連続したりするので読むのが辛い。言葉で表現しにくい事を綱渡りのようにバランスを取りながらニーチェが書いている為だろうか。

*4:ググって調べてみたら、アサシン教団の初代教祖ハッサン・イ・サバー(サッバーフ)の言葉とされているようである。ちなみに山形浩生氏によればサッバーフはウィリアム・バロウズのアイドルの一人だそうな。

*5:善悪の彼岸』二三二節。でもその後で「われわれ男達は告白しよう。われわれは女がもつほかならぬこの技術とこの本能をこそ尊重し愛するのだ。」とやや斜めにフォローを入れるニーチェ先生は、やっぱりツンデレだ!

*6:ルー・ザロメに対する失恋が『ツァラトゥストラはかく語りき』を生んだ事は有名。