Tweiiter of Hocuspocus_Mage The Starry Abode

『実践魔法カバラー入門』大沼忠弘著;学研ムー・スーパーミステリー・ブックス*3

日本語で読める魔術入門書が出版されるのは久しぶりだが、流石に1970年代から魔術本の翻訳をやっていた大沼氏の本だけあって内容は非常に充実している。もしかすると21世紀前半における日本語の魔術入門書のスタンダードになるかもしれない。
本書は大沼氏がロンドンに留学した際に魔術を学ぶ過程を通して魔術の基本概念と訓練法を紹介していく形式になっているが*1、概念と修行が密接に結びついて紹介されているため、読者は頭だけでなく体験を通して魔術の基本概念や象徴図形を学んで行くことが出来る。特に古代ギリシャなどの象徴図形の解説はまさに古代哲学の専門家である大沼氏の面目役如といったところである。ただ修行法を寄せ集めただけで何の哲学も感じられない凡百の魔術入門書と一線を画す、非常に良く練られた体系に基づいた記述は、西洋の名著と呼ばれる入門書と比較しても遜色無いだろう。
また、魔術修行を行っていく過程で感じるエーテル体の感覚や儀式魔術における演劇的要素の意義とその実践など、魔術を実践した者だけが肌で実感できる事について記述も貴重である。今までの日本語の文献には殆ど書かれていなかった事だけに、『脱初心者』を目指す段階の魔術修行者にとっては非常に参考になるであろう。これらを踏まえた上で秋端勉著『実践魔術講座』などにチャレンジすると儀式魔術に必要な基礎技能はマスター出来るはずだ。
また『実践魔法カバラー』の名が示す通りの、生命の木を用いた問題解決の為の分析方法についての記述も素晴らしい。従来の魔術書には生命の木の分類ツールとしての使い方ばかりが紹介されていたが、寧ろこちらが本来の使い方なのだ。最後のサブリミナルな呪術的応用はその前段階の生命の木を使った分析があって初めて成り立つものである*2
ただ残念な事に、概念の説明の為に『無の瞑想』のような真面目に行うとかなり難しい訓練法が最初の方に来てしまっているのは初心者の混乱の元になるかもしれない。初心者は難しい訓練は適当に流しておいて呼吸法などの基礎訓練をW.E.バトラーの『魔法修行』などを参考にしながら着実に行っていくのが良いだろう。
中級者以上の人には、この本は魔術理論の整理の為のツッコミの題材としてお奨め出来る。内容的に大沼氏が学んだ流派(或いは大沼氏独自?)の解釈が色濃いので、それらとスタンダードなGD魔術における解釈・技法との区別をしつつ、「それってホントに古代の密儀なのかよ?!」とか「えー、それって○○で書いてあった事と矛盾しない?」などとツッコミを入れつつ調べて行くと魔術の基本概念や象徴のより深い理解を得る事が出来るだろう。古代哲学を基本としているので特にクロウリー以降の流派には古臭く感じられる部分も多いだろうが、温故知新の精神で読み進めていくと大いに勉強になると思う。
とにかく、この本は日本語で魔術を学ぶ人には必読の文献である事は間違いない。「値段が高くて買えない」とか抜かす奴はメシを抜いてでも買え!*3

*1:どこまで事実に基づいているのかは判らないが、FOIについては以前から言及しているので、少なくともオリビア・ロバートソンの流派で学んだ事があるのは事実だと思う。Lady Olivia Robertsonについては左記URLを参照のこと:http://www.foichicago.org/gpage3.html

*2:しかしタディも「日本の奥さんにナイショで魔術の話が出来るガールフレンドを作る為にカバラを使う」なんて話をよく本に書けるよなあ・・・それはそれで正直で偉いけど。善人ぶっていながら実は単なる下種である私のような半端な魔術修行者とは大違いですね。このエピソードは最後のオチが笑えます。

*3:中学生ならともかく、大学生以上でこの位の値段にケチを付けるのなら本格的に魔術をやるのは諦めた方が良い。段階が進むと、本・資料代、魔術道具の材料費、実行儀式の際の旅費、団体によってはイニシエーション費用とか講師や幹部の招聘費用とか、この本1冊の値段とは比べものにならない位の金がかかる。某老師などは明らかにスノボとかスキューバダイビングみたいな平民の趣味とは比較にならない位の金をかけているが、そこまで逝かなくても、ある程度の収入がないと魔術を本格的にやるのは辛いと思う。